2012年5月 1日 (火)

鮭缶新発見

昨日4月30日は振り替え休日でお休み。(ちなみに外国では振り替え休日というのは無いSake1_2 うだ。どこか日本以外にある国があったら教えて!)
家族(私実は妻子持ち)は実家へ行ってしまったので、久しぶりのんびりとした一日。のん びり起きてコーヒー飲んで一人ゆっくり食事。こういう日はなぜか保存食に目が行く。我が家の缶詰ストックをあさることにする。実は私は缶詰が大好き。何よりも腐らない。最近の缶詰は賞味期限なんてものが書いてあるようだが、あくまでも「賞味」起源。どこかで聞いた話では缶詰は半永久的に保存が可能らしい。(責任は持ちません。あくまでも自己責任で。)
Sake2 蟹缶は去年のクリスマスに食べてしまったし、さんまやいわしは今日はパスしてと。ごそごそしていたら、お宝発見「鮭缶」。いつぞか貰ったもの。その辺の安物じゃなくて、金色の缶に入った高級品。ちょうど賞味期限も過ぎているのであとで責められても「だって賞味期限過ぎてたんだもん。」と言い訳も聞く。今日は贅沢にも鮭缶1缶丸ごと食べてしまおう。これさえあれば、あとは醤油をちょっとつけて。マヨネーズも美味しいかな。

ところでこの鮭缶、やけにレトロなパッケージ。缶詰も「罐詰」と書かれている。復刻版なのGeisha か?・・・そう、鮭缶100年記念だそうだ。
日露戦争の終結で結ばれたポーツマス条約(1905年)ではロシア領の沿岸地域における日本の漁業権が承認された。続いて1907年には日露漁業協約が締結されて、カムチャツカ半島の沿岸や沿海州の日本海沿岸での北洋漁業が拡大した。カムチャツカ各地にも日本の漁業基地が出来て、日本人が居住していたそうである。
Geisha_mandarin小林多喜二の『蟹工船』の中で、「蟹缶作りは国家事業」と船主が叫んでいた。そのときは「何で缶詰作りが国家事業?」と思ったものですが、「蟹缶」「鮭缶」、国家事業だったのです。「2010年、誕生100年を迎えたロングセラー商品「あけぼのさけ」。これまでの総生産量は39億缶に達し、」とまあ、たくさんの缶詰が作られて、海外に輸出されていきました。「蟹工船」船団はベーリング海まで行ったそうです。
終戦を迎え、一時途絶えていた北洋漁業ですが、戦後復活し、また缶詰輸出は再開。ところが1976年以降日本の北洋漁業は急速に衰退しました。この年アメリカが自国の漁業専管水域を12海里(22.224km)から200海里(370.4km)に拡大。1988年には遂にアメリカの200海里内での操業が不可能となったため母船式のサケマス漁「蟹工船」船団は終結してしまいました。1993年には公海上でのサケマス漁が全面禁漁とされ、以降日本の漁船団はロシア連邦200海里内の限定された地域でのみの操業となっています。
今でも海外のスーパーマーケットには、GEISHAなんて書かれた日本製の缶詰が並んでいます。(中に芸者が入ってるのではありません。)

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