2014年6月25日 (水)

ベルリンの壁崩壊から25年、現地レポート第2回 -統一の橋・グリニカ(グリーニッカー)橋を渡る-(ユーラシア旅行社のドイツツアー)

グリニカ(グリーニッカー)橋

日本ではポツダム宣言の地として知られ、世界遺産に指定されているフリードリヒ大王の夏の離宮サンスーシー宮殿があるポツダムは、ベルリンの隣に位置し、現在ではベルリンで働く人々の人気のベッドタウンとなっています。ポツダムとベルリンの間にかかるグリニカ橋。東西ドイツ時代には、東ドイツのポツダムと西ベルリンの国境の橋となっていました。元々この場所にあった橋は、第二次世界大戦で爆破され、その後、東西ドイツ時代に再建されました。当時、統一を願って“統一の橋”と名付けられたものの、やがてベルリンの壁の建設とともに、国境である橋の中央には検問が設置され、自由な往来は閉ざされてしまいました。ここでは、捕虜やスパイの交換が行われていたといいます。

1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊。この橋にも多くの人が集まり、橋の中央の検問を越えて喜びを分かち合ったそうです。壁の崩壊で、名実ともに橋は“統一の橋”となったのです。

東西ドイツ統一後は、旧名のグリニカ橋に名前を戻し、今では地元の方が犬の散歩やジョギングをする姿が見られました。かつての物々しい雰囲気は全くなく、時代の流れを実感しました。橋の周辺やポツダムの街には、1993年に壁崩壊を祝う日本の募金活動「桜プロジェクト」で贈られた桜の木が並んでいます。今では歴史上の出来事のように感じられる壁崩壊も、当時は日本を含め世界中が注目した歴史的な重大事だったことを思い出させました。(太田)

★ユーラシア旅行社のドイツツアー(ポツダム観光を含む一部ツアー)では、グリニカ(グリーニッカー)橋にご案内します。


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