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2015年1月

2015年1月29日 (木)

あの映画の舞台だったのね!悪名高い悪魔の島(仏領ギアナ)

こんにちは。明日は東京も雪が降る予報だそうで寒い毎日が続く日本ですが、私はつい先日、暑いガイアナ三国のツアーより帰国しました。

ガイアナ三国ってどこにあるの?と思われる方も多いはず。ガイアナとスリナム、そしてフランス領のギアナで構成され、南米大陸の北に位置します。

ガイアナは英国、スリナムはオランダ、そして仏領ギアナは勿論フランスの影響を受け、それぞれ話されている公用語や、街の雰囲気も異なります。

本日はそんな仏領ギアナで訪れた、「監獄島」のお話です。

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皆様は映画、「パピヨン」はご存じですか?

胸に蝶の刺青があることから“パピヨン”(フランス語で蝶の意味)と呼ばれる男、アンリ・シャリエール。スティーブ・マックイーン演じるパピヨンは1931年、無実の罪で投獄され、仏領ギアナの監獄島に送られてしまいます。非人間的な扱いを受け続ける地獄のような環境で、贋金作りのドガ(ダスティン・ホフマン)と親友となり、パピヨンは数度に渡る脱獄を試みる、というストーリーです。
アンリ・シャリエールの自伝小説を映画化したこの「パピヨン」の舞台がまさに仏領ギアナの監獄島。世界の中でも悪名高い刑務所として知られ、最も大きなロワイヤル島、サン・ジョセフ島、そして悪魔の島の3つを合わせてサリュー諸島と呼ばれています。
仏領ギアナには、17世紀~新たな土地を求めてフランスから入植者が入り、本格的な定住が始まりました。そして19世紀から20世紀半ばまでに囚人がこの地に送られ、特に沖合にある流刑島の悪魔の島は、一度この地に送られると二度と祖国に戻ることはできないと恐れられていました。
この監獄島に行くには、宇宙センターで有名なクール―の街からカタマラン(双胴船)で約1時間の道のりです。島に足を踏み入れると、今も尚、当時の牢獄、監視員たちが使っていた教会や病院、彼らの家や墓、そしてギロチン台の跡等も残ります。
牢獄ではハンモックを吊るして眠ったり、元監視員たちの家で宿泊体験も可。夜になるとどこからともなく、うめき声が聞こえてくる…とは案内してくれたガイドさんの話。ちょっと宿泊は遠慮したいところです。
上陸可能なのは最も大きなロワイヤル島とサン・ジョセフ島。悪魔の島は現在桟橋がないため上陸することはできませんが、元監視員たちのメインホールを利用したレストランより、その全景を望むことができます。悪魔の島の中にポツンと建つ小屋は、フランスの陸軍軍人で、スパイの容疑でこの悪魔の島へと流されたドレフュス大尉が住んでいた小屋だとか。政治犯は主にこの悪魔の島へと連れてこられたのです。
ココヤシの木が揺れる海を見ていると、監獄島だったとは思えないような長閑な雰囲気。そこからは想像できないような、恐ろしい歴史がこの島にはあるのでした。(川井)

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2015年1月22日 (木)

リスボン その復興と再生

先日、1月17日は阪神淡路大震災から20年、ということでいろいろなところで、改めて震災の恐ろしさ、や備えについて考えさせられるイベントや特集が組まれたところも多くありました。

地震は日本だけのものではありません。
例えば古代のローマ遺跡なども地震で破壊されてしまったものがあり、大地を乗っけている巨大なプレートの生み出す途方もない力に人は無力です。

今でこそ、地震は自然災害として認識されておりますが、過去には「神の天罰」と考えられていたこともありました。

その考えが誤りであり、自然がもたらすものだという新しい「学問」は実は18世紀のリスボン大地震で誕生し発展したのだそうです。

1755年11月1日午前9時40分、リスボンは未曽有の災害に見舞われます。そう、大地震です。マグニチュード8.5、西ヨーロッパ全体が揺れたともいわれましたが、その中心がまさにリスボンでした。

多くの建物が倒壊し、混乱した街並みと人々を容赦なく津波が襲い亡くなった1万人の方を含め、約5-6万人が亡くなったといわれます。
まさに一国の首都が一瞬にして壊滅した瞬間でした。
この時間は教会でミサを挙げているところも多く、教会が崩れて亡くなった方も多かったようです。

奇跡的に、この日遠出をするために早朝のミサのみで郊外に出ていた国王一家は無事でした。
街が壊滅し、宮殿も崩れ、国王は仮設テント宮殿で執政を行ったそうです。

そんな壊滅したリスボンの街を復興させたのが、のちにボンバル侯爵に叙された宰相セバスティアン・デ・カルヴァーリョだったそうです。
天然の良港をもつリスボンを、別の場所へ移転させるわけにいかず、この地に、新しい街を作り上げました。碁盤の目のような通りは大通りが作られ、もし火事になっても反対側の建物に火が移らないように、地震で簡単に崩れないように木材を組み合わせた耐震構造の建物、ボンバル様式を作り上げたり、この構造が揺れに強うか確かめるために模型を作り、兵士たちを力いっぱい行進させて揺れを作ったり、宰相自ら復興に力を注ぎました。

リスボンは最初にモデルとしてつくられた下街から徐々に現在の美しく風情のある町へ生まれ変わりました。

この時に、神の怒りだと嘆いた人も多かったのですが、当時「地震が神の怒りであるものか、リスボンに住む子供にいったいどんな罪があったというのだ」と憤った人物がいました。
フランスの哲学者ヴォルテールです。

聖職者やいろいろな立場の人々がこの地震がどのような現象なのかを解明しようとしました。
「神の怒り」という意見以上にこの未曽有の災害を科学的に分析し、その原因を探ろうとする考えが発展し、「地震学」が生まれたのだそうです。

ドイツの哲学者カントは様々な地震に関する著作を残しました。
今では地震学と哲学はなんだかすごく違う研究のようにおもえますが、哲学者たちが事象を解明しようと思考しなければ、今のような地震学には発展しなかったかもしれません。

リスボンの街並み



さて、生まれ変わったリスボンの街はかつての海洋王国としての豊かさは失ったかもしれませんが、新たに来るかもしれない災害から国民を守ろうとした、国家のプロジェクトの素晴らしさを、その街並み見ることが出来るでしょう。

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2015年1月16日 (金)

【旅テレビ情報】「THE 世界遺産」ヴァッハウ渓谷(オーストリア)

1月18日(日)18:00~18:30 TBS「THE 世界遺産」にて、「ワインと古城!ドナウ川下り ~ ヴァッハウ渓谷の文化的景観 (オーストリア)」が放送されます。
公式ホームページはこちら→ http://www.tbs.co.jp/heritage/

番組ではオーストリアのワインにスポットを当てて、ドナウ河沿いの美しい景観が紹介されます。

ドナウ河はドイツ・シュヴァルツヴァルト(黒い森)を水源とし、東欧諸国を通り、やがて黒海へと流入する国際河川で、全長2,850kmを誇るヨーロッパ第二の大河です。ドナウ河はオーストリアも通りますが、その流域は「ヴァッハウ渓谷」と呼ばれ、古城をはじめ美しい風景が広がることで知られています。2000年には「ヴァッハウ渓谷の文化的景観」としてユネスコ世界遺産に登録されました。

ユーラシア旅行社のオーストリアツアーでも、このヴァッハウ渓谷のクルーズにご案内していますが、僅か90分ほどの時間ながら、その美しさにご参加されたお客様も大満足。

また、オーストリアといえばワイン酒場のホイリゲ。それぞれのホイリゲで作られる自家製ワインを飲みながら、ウィンナーシュニッツェル(ウィーン風カツレツ)やソーセージを食すと、それだけで素敵な晩餐です。

私も日曜の夕刻には、オーストリアで購入したワイン片手に、美しい風景を眺めたいと思います。(吉村)

ユーラシア旅行社で行くオーストリアツアーはこちら

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2015年1月 9日 (金)

【お薦め書籍情報】織田博子『女一匹シベリア鉄道の旅』

ウラジオストクからモスクワへ
文字通りユーラシア大陸を横断するシベリア鉄道

全線9,259KM。
鉄道好き、旅好きのかたのみならず、憧れる方が多いロマンあふれる旅路です。
ユーラシア旅行社でも毎夏シベリア鉄道の一部、
あるいは全線に乗車するツアーが人気ですが、
個人で列車旅を楽しんでいる方も見かけます。
本日ご紹介しますのはそんなシベリア鉄道の乗車を女性一人でやってのけた
イラストレーター織田博子さんのエッセイ漫画です。

シベリア鉄道に乗車経験があるという方はもちろん、
ロシアってよくわからない、なんだか怖そう、
なんて思ってる方にこそ読んでいただきたい内容です。
旅で出会った人々との人情あふれるふれあいや
駅や車内で見かける風景、食べ物や、
気になる列車内の設備などもわかりやすく描かれていて、
具体的に旅を計画したいなという方も、
イメージを膨らませるのに一役買うことでしょう。
(発売は1月17日、イースト・プレスより)
ユーラシア旅行社のシベリア鉄道ツアーでは、
ところどころ、電車を乗り換えて途中駅の観光をしながら
全線走破するものも。
コンパートメントを2名毎でお使いいただきますが、
車内のほかの乗客との交流も好評です。
(山岸)

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