2015年11月27日 (金)

マチュピチュと世界初の友好都市協定締結!福島県の大玉村

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みなさん、こんにちは。今年はなかなか寒くならないなと思っていたら、ここ数日で急に冷え込み、会社の近くの銀杏並木もようやく色づいてきました。 そんな本日のテーマは『マチュピチュと福島県の大玉村の友好都市協定締結』。先月、ペルーを代表する観光地であるマチュピチュ遺跡と福島県の大玉村が友好都市協定を締結しました。なぜマチュピチュと大玉村なのか?そこには知られざるつながりがあるのです。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、労働者を求めていたぺルーへの移民は計75回も実施され、約21,000人もの日本人が海を渡っていきました。そんな中、福島県の大玉村出身であった野内与吉氏は、1917年、21歳の時にペルーへと渡ります。当初は労働環境になじめず、しばらくペルーを離れた時期もありましたが、やがてペルーへと戻り、国鉄に勤め、マチュピチュ村までの線路敷設に携わりました。その後、ホテル業の傍ら、水力発電設備を作ったりと徐々に住民の信頼を得ていき、1947年に大土砂災害にみまわれたマチュピチュ村の復興の際にリーダーシップを発揮した野内氏は、政府より村長に任命され、マチュピチュの観光開発に尽力したのです。

実は、マチュピチュ村が友好都市協定を提携するのは今回が初めてのこと。マチュピチュが今のような世界的な観光地になる礎を築いた野内氏が大玉村出身だったことから、マチュピチュ村が提携を申し入れたそうです。 「行ってみたい世界遺産」として常に上位にあげられるマチュピチュですが、日本人移民がその発展に尽力したというこの事実は、意外と知られていないと思います。同じ福島出身者である私は是非この話を皆に伝えたいと思います!(川井)

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