« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月

2017年6月29日 (木)

レオナルド・ダ・ヴィンチ、未完の名作「東方三博士の礼拝」再公開!(イタリア)

レオナルド・ダ・ヴィンチと言えば、誰もが知るイタリア・ルネサンスの巨匠。1452年にフィレンツェ近郊のヴィンチ村に生まれヴェロッキオの工房に入門しました。

ヴェロッキオ「キリストの洗礼」

二十歳のころに師弟共作の「キリストの洗礼」を描き、レオナルドが担当した左側の天使はヴェロッキオを上回る出来栄えと言われました。
その後、レオナルドは自立し、フィレンツェで頭角を現していきます。
そこで修道院から委嘱された作品が「東方三博士の礼拝」です。1481年に依頼を受けたこの作品は未完のまま終わりました。
翌年1482年にレオナルドはミラノへ移り、ミラノ君主ルドヴィコ・イル・モーロの宮廷で活動を始め、サンタ・マリア・デレ・グラッツィエ教会の大作「最後の晩餐」などを手掛けています。
さて、レオナルド作「東方三博士の礼拝」に注目してみましょう。この作品の特徴は「未完である」ということです。未完であるがゆえに、彼の製作行程をうかがい知ることができるのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「東方三博士の礼拝」17年6月撮影

レオナルド・ダ・ヴィンチ「東方三博士の礼拝」修復前

ウフィツィ美術館所蔵のこの作品は、2011年から長期の修復が行われていました。今年2017年にようやく修復工事を終え、再公開されました。
全体的に茶色く煤けた色味の絵画は、汚れを取り除いた後、とても明るくなり、人物などの輪郭線もくっきり浮かび上がって見えます。修復前の写真と比べてみれば一目瞭然です。それどころか、同じ作品かと疑うほどで、5年半の歳月で生まれ変わったようです。
レオナルドは何故、この作品を完成させなかったのでしょう。ミラノから条件のよい招聘があったからなのか、あるいは、依頼主の修道院と金銭的トラブルがあったからなのか、、。この作品の前に立って、博士になった気分で推察してみるのもよいかもしれません。(斎藤さ)

| | コメント (0)

2017年6月27日 (火)

【お勧めテレビ情報】6/30(金)20:57~「世界の秘境で日本料理」

バヌアツのヤスール火山

みなさん、こんにちは。最近のじめっとした空気はまさに日本の夏!という感じですね。体調など崩されないようご自愛ください。
さて、今週の金曜日、6月30日(金)の夜8:57から「世界の秘境で日本料理」が放送されます。日本が誇る和食を世界中に根付かせようと、最高の料理人が様々な秘境に赴くこの番組。包丁や食器類以外は日本から持ち込まず、現地の食材・現地の調味料を使い日本料理を作るそうです。
そして、今回の舞台が、バヌアツ共和国。番組の紹介では、「電気・ガス・水道もない辺境の村でコウモリからアノ調味料を作る…。」と。
バヌアツってどこにあるの?という方もいるかもしれません。南太平洋に浮かぶ島国で、最近、弊社でもちょっと人気の国なのです。そのわけは…「世界で最も火口に近づける火山」といわれるヤスール火山があるから!しかも、火口までは車をおりてわずか10分!というのも大きな魅力。こんなに簡単に火山にアクセスできるところはなかなかありません。バヌアツは80余りもの島島で構成され、ヤスール火山があるタンナ島を始め、各島ではいまなお昔ながらの素朴な生活が営まれています。
素朴な国で、どんな日本食がつくられるのか…。ぜひとも番組をチェックしてみたいと思います!(川井)

| | コメント (0)

2017年6月19日 (月)

キルギスにて唐代の瓦発見!?現在も発掘が進められる世界遺産「アク・ベシム遺跡」に注目

発掘の進むアク・ベシム遺跡

先月のこと、中央アジアのキルギスにて、7世紀後半のものと思われる大量の瓦が発掘され話題になりました!発見は帝京大学シルクロード学術調査団によるもの。自国の研究者による功績に、私もうれしくなってしまいました。

現場となった「アク・ベシム遺跡」は、かつての唐王朝の都・長安からローマへと伸びたシルクロードの内、中国北西に聳える天山山脈を越えてゆくルートの先にあります。かねてよりこの地は、唐最西端の軍事拠点・砕葉城の跡と考えられていましたが、今回発見された瓦の年代・形式が唐の時代と一致しており、かつ漢字が書かれたものもあったことから、それがより確実なものとなった形です。

砕葉城と言えば、かの玄奘三蔵一行が立ち寄ったことでも知られています。天竺(インド)へと向かう求法の旅路は非常に過酷なもので、特に上記の天山山脈越えの際には多くの犠牲が出てしまったと言います。しかし、越えたその先は、雪解け水の恩恵により緑豊かなオアシスが広がる一大交易地でした。当時この地で力を持っていた北方遊牧民族・西突厥の王の力添えを得るため、一行は数日滞在し、素葉城(砕葉城に同じ)を訪問したとの記録が『大唐西域記』に残っています。余談ですが、彼がその後も天竺までの旅を続けることができたのは、ここで王の協力を獲得し、またここまでの旅路の疲れを癒すことができたからかもしれません。

雪を頂く天山山脈

この地が唐の支配下に入るのは、玄奘三蔵の訪問からわずか数年後のことです。西突厥の王は討たれましたが、砕葉城は西方への勢力拡大を狙う軍事拠点として引き続き使用されることとなります。
しかしながら、諸行無常とは言ったもので、唐の勢力も長くは持ちません。8世紀に入ると、タラス河畔の戦いにて大敗を喫し、この地をイスラム勢力へ明け渡したのでした。

大陸の中心に位置し、豊かな土地だった故に、攻防が繰り広げられた天山のオアシス。現在の「アク・ベシム遺跡」を訪れてみると、風化も手伝って城の形はほとんど保たれていませんが、確かに広大な城壁の跡が見られます。
かつてこの地に栄えていた一大都市を思い浮かべ、心の目で見てみると、吹き抜ける涼しい風にすらロマンを感じられる気がするのです。

帝京大学シルクロード学術調査団による発掘は、夏にも行われるそうですので、さらなる面白い発見があるかもしれません。まだまだ今後が期待の遺跡です!

| | コメント (0)

2017年6月 2日 (金)

かつてのソ連三都、ウクライナのキエフの『白鳥の湖』

Swanlake

「絶景」ブームの火付け役の一つ、ウクライナのクレヴァニの「愛のトンネル」 。その「愛のトンネルのおかげ様で、今年は例年以上に好評で、ウクライナのツアーは4月から毎月の催行。
ウクライナの首都はキエフ。ソ連の「三都」と言えば、モスクワ、レニングラード、キエフ。人口400万人。今日でも旧ソ連では第三の大都市です。東欧最古の都市で、今日のロシアは「キエフ・ルーシ」がルーツ。ボルシチもウクライナが発祥です。

そんなキエフにも立派な「キエフ・オペラ」があります。現在は国民的英雄から名をとり、「タラス・シェフチェンコ記念劇場」という名称ですが、「キエフ・オペラ」が通称。
ソ連時代にはキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)、レニングラード国立バレエ(現ミハロフスキー国立バレエ)、ボリショイ・バレエと並んでキエフ・バレエの本拠地です。日本への公演も常連ですね。

今回、5/20発と7/1発は『白鳥の湖』。来日経験も何度もある実力派の演技が見ものです。

Kievopera

5/20発と7/1発はキエフ・バレエの『白鳥の湖』鑑賞。
愛のトンネルも訪れるウクライナ・モルドバ・ベラルーシ三国紀行 9日間

ユーラシア旅行社で行くウクライナ・ベラルーシ・モルドバの魅力

| | コメント (0)

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »