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2009年4月 1日 (水)

奇跡の地ファティマ(ポルトガル)

Fatima2 ポルトガル中部に人口約1万人のファティマと呼ばれる村があります。この村は19世紀までは地方の一寒村でしたが、1917年5月13日あるのどかな春の日にヨーロッパを揺るがせた奇跡が起きました。この村に住む羊飼いの娘ルシアとそのいとこジャシンタ、フランシスコの前に空から光が差し、聖母マリアが現れて三人の女の子に予言を託したと言われています。その後ちょうど1ヶ月毎に計6回聖母マリアは出現し、回を重ねるに従ってその場で見学する人も増え、最終的には10万人規模にまで膨れ上がり、その模様は新聞の記事にも取り上げられました。

このような話は歴史を通じてよく聞かれる伝承の一つとして捉える事もできるかもしれませんが、この奇跡が起きたのは既に文明化も進んだ20世紀に入ってからの事で多数の目撃者がいる事から、ヴァチカンも正式な奇跡の一つとして認定しました。

但し、聖母マリアの姿が見えたのは三人の娘達だけで、周囲の人々に見えたのは晴れ間の空から突然差し始めた淡い光の筋や不思議な音、そして小さな爆発音だったと言われています。一回だけならともかく6回に渡ってこうした現象が続いた事で娘達は聖女と讃えられ、ファティマは一躍聖地として崇められるようになりました。

さて、この三人の娘が聖母マリアより託された予言とはなんだったのでしょう。予言は3つ託されました。一つ目と二つ目は、第一次世界大戦の終焉、そして世界を恐怖に突き落とす第一次世界大戦以上の戦争(第二次世界大戦)の勃発を予言していた(と言われています)。そして3つ目は長らくヴェールに包まれたままでした。ルシアから予言の内容を聞いたローマ教皇がそのあまりの恐ろしさに1960年までは公開できないと発表した為に様々な憶測が飛び交うようになりました。ところが、1960年が訪れても3つ目の予言は公開されず、それがさらに世間の憶測を加速させる事になりました。核戦争による世界の終焉や教皇庁の崩壊など諸説飛び交いましたが、2000年にヨハネ・パウロ二世が公開に踏み切り、論争は一段落しました。一段落と書いたのは、ヴァチカンが秘匿を続け、様々なな憶測を読んだわりにはその内容は世界の終焉に関する物ではなかったからですが、これは噂が噂を読んで人々の妄想が掻きたてられてしまったせいもあるのでしょう。

その2000年のファティマの日(最初に聖母が現れた5月13日)にヨハネ・パウロ二世はポルトガルのファティマを訪れ、3つ目の予言を公開した。その内容とは、1981年の自身の暗殺未遂(教皇がヴァチカン広場で銃撃された事件)を示唆していたとの事であった。教皇の暗殺となれば、教会を揺るがす大問題ではあります。しかし、よく言われているように、ひょっとしたらヴァチカンにはまだまだ秘密があるのかもしれません。奇跡が起きたファティマの地には今聖母マリアに捧げられた大規模な礼拝堂があり、世界中から多くの巡礼者が訪れます。その奇跡の地に立ったら、何か分かるかもしれません。(福永)

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