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2009年4月14日 (火)

レッチェ(イタリア)

Lecce_teatro 今日ご紹介する街は、南イタリアのフィレンツェとも呼ばれる、プーリア州(靴に喩えられるイタリア半島の踵に位置する)のレッチェです。日本では必ずしも著名な観光地とは言えませんが、この街もまた個性豊かなイタリアの魅力ある街の一つです。

南イタリアはイタリア半島の中でも最も歴史の古い地域であり、紀元前の時代には古代ギリシアから渡って来た移民による植民都市が数多く建設されました。レッチェもその一つです。

その後レッチェは、古代ローマ、イスラム勢力、ノルマン人、シチリア王国など地中海の真ん中、しかもイタリア半島の南端に位置する要衝であるが故に長い被支配の歴史を刻んでいきました。17世紀頃にも混沌が続いていましたが、この時代に現代に残るレッチェの町並みがかたどられました。当時ヨーロッパで流行していたバロック様式が街の建築にふんだんに採用され、いつしかバロックの街、南イタリアのフィレンツェと呼ばれるようになったのです。

Lecce_st_croce 観光の目玉は、その優美なバロック様式のサンタ・クローチェ聖堂です。内部もさることながら、そのファサードは鮮やかの一言です。遠くから見ると分かり辛いですが、近いづいてみると、その緻密な彫刻を目の当たりにする事ができます。ちなみにレッチェ近郊では石灰岩が採れるので、街の多くの建築にもこの石灰岩が用いられています。その石は光の具合によって色を変え、朝、昼、夜、いつ訪れてもレッチェの街は違った顔を見せてくれます。

Lecce_colonna_romana また、レッチェは古代と現代が共存している街でもあり、街の中心広場には冒頭の写真にある古代円形闘技場も健在です。そしてこの広場には、アッピア街道の終点であったブリンディシの街から贈られた柱(コロンナ・ロマーナ)が立っています。この柱は、何と古代ローマ時代の物で、アッピア街道の終点を示していた由緒ある柱です。(アッピア街道の終点を示す柱は2本あり、もう一本は現在でも街道の終点があったブリンディシのその場所に残っています。)現在この柱の上には街の守護聖人でもある聖オロンツォの像が立っています。

Lecce_souvenier この地方では比較的大きな街である割には観光客もそれ程多くはないレッチェ。ちょっとした街の風情も旅情を感じさせます。(福永)

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