« コルドバのパティオ(スペイン) | トップページ | ロードス島(ギリシャ)~その2~ »

2010年3月 9日 (火)

ロードス島(ギリシャ)~その1~

Rhodes_city 透き通るような紺碧の海に白い家並みと青いドームの教会、ギリシャのエーゲ海の島のイメージと言えばこんなところでしょうか。サントリーニ島、ミコノス島を始めとするエーゲ海のリゾートには確かに当てはまる光景です。しかし、エーゲ海の島はギリシャ文明のゆりかごでもあります。悠久の歴史を刻んできた島々には、知的好奇心をくすぐる場所も少なくありません。エーゲ海で最大の島であるクレタ島然り、そして今日紹介するロードス島も然りです。

エーゲ海の島の中でも最も南東に位置するロードス島は、小アジア(トルコ)から僅か30km足らずの位置にあります。それ故か、歴史を通じて数多くの戦争に巻き込まれて来た悲運の島でもあります。


大きな地図で見る

Lindos ロードス島には3,500年前頃から本格的な入植が始り、紀元前11世紀頃には島内にいくつかのポリス(都市)が形成されました。この頃の遺構は島の中部にあるリンドスで見る事ができます。リンドスのアクロポリスには、古代の神殿跡も残っており、眼下に眺める海の眺めも素晴らしいです。余談ですが、パウロも西方布教の途中で立ち寄ったと言われる湾がリンドスのアクロポリスの下方に広がっています。

Rhodes_port さて、いくつかあったロードス島内のポリスはやがて一致団結し、首都として島の北端に大都市を築きました。それが今日の島の中心であるロードスシティです。起源前後のロードス島は、アテネやアレクサンドリアと並ぶ学問の町として栄え、ローマで育ったカエサルが留学した事でも知られています。また、古代世界七不思議のひとつであったロードス島の巨像が立っていた事でも知られています。残念ながら太陽神ヘリオスの巨像はもう失われましたが、像が実際に立っていた場所は今でも港の入口として機能しています。

Rhodes_ipodon ローマ時代を最後にその後は、周辺国に翻弄される歴史を辿って衰退しますが、中世に入ってエルサレム、キプロスから転戦してきたヨハネ騎士団がこの島を領有するようになると再興します。ロードスシティは堅固な城塞都市に整備され、重厚な騎士団の建築らしい団長の館や騎士団通りなどができました。

今日訪れるロードス島では、その騎士団時代の面影が色濃く漂っています。塩野七海氏の「ロードス島攻防記」にも描かれたオスマン・トルコとヨハネ騎士団の激戦を経た後も、当時の街並みがよく保存されて来ました。

次回はロードス・シティの中のみどころをご紹介します。(福永)

ギリシャのツアーはこちら

|

« コルドバのパティオ(スペイン) | トップページ | ロードス島(ギリシャ)~その2~ »

国:ギリシャ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« コルドバのパティオ(スペイン) | トップページ | ロードス島(ギリシャ)~その2~ »