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2010年11月25日 (木)

ミャンマーの坂本龍馬?~マンダレーのカナウン~

 ミンガラバー!
 今週末(11/28)、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」がいよいよ最終回を迎えます。暗殺されることを知りつつ見るのが辛く感じますね。ところで、昔のビルマにも日本の坂本龍馬さんのような人物がいました。
 先日、ご紹介したように今のマンダレーにヤダナポンの都が造営される前(1850年代)から、ミャンマーの西部「ヤカイン」地方や、南部「ヤンゴン」などはイギリスの植民地になっていました。中部が侵略されて、負けると、ミャンマー全土がイギリスの植民地になってしまう状態でした。
Okyublogtemplate  バガン王朝が滅びた後、ビルマ王朝は転々と都を変えてきたせいか、力が徐々に弱くなってきていました。ビルマ王朝を改めて造り直すという考えが、ミンドン王が都を移した1つの理由でした。ただし、都だけは新しく出来上がりましたが、中身は変りませんでした。中身とは、王族や宮廷の偉い地位にいる人たちの複雑な関係です。実は、イギリスのスパイであった大臣などもいました。

 ミンドン王にはお妃が50人位いて、息子がたくさんいました。自分の息子を王子にさせ、ミンドン王の後を続けてほしいというお妃もたくさんいたようです。しかし、ミンドン王には「カナウン」という弟がいて、王子として活躍していました。
 カナウンは頭がよく、とても賢い人で、当時のビルマの状況を国王よりもよく分かっていた人物でした。イギリスはミャンマーの3分の2を植民地にして、間もなく、全土が植民地にされることを分かっていたようです。ビルマ全土をイギリスの植民地にさせないため、カナウンは多くの若者をヨーロッパの国々に留学させる企画を立て、自らも機雷などを造り、国軍に力を入れ、強くしました。Mdlriverblogtemplate
 しかし、仏教を広げ、新しい都を平和にしようと考えている国王から見ると、彼の行動は許されませんでした。これ以外にも、様々なことをつくりだし、精一杯ビルマを植民地にされないように活躍したカナウンと彼の家来の人たちは国王の目の敵になりました。又、エヤワディー河に置いた機雷の爆発でたくさんの魚類が死んでしまいました。そうすると、当時の僧侶たちにまで反対されていました。彼のことを悪く思うお妃たちは彼のことを国王に悪意をもって報告したりもしていました。とうとう、わずか46歳ぐらい(1866年頃)で暗殺されてしまったのです。
 「龍馬伝」を見る度に、もしビルマのカナウンが暗殺されなかったら、負けず嫌いでイギリス軍と最後まで戦い続けたら、今のミャンマーの歴史はどう変っていたのかなと考えてしまいます。

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