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2010年12月 9日 (木)

マンダレー~全てが焼失した中、ただ一つだけが残っていました~

Hizashitateblog ミンガラバー。先日、マンダレーが誇る19世紀頃のビルマ王朝の王宮をご紹介しました。
当時、王宮の中にあった全ての建物がチーク材で建てられたので、戦争中爆弾が落とされた時に全てが焼失しました。でも、幸いに一つの建物だけが残りました。それは、ミンドン王の住まいの建物だったのです。Ichiblogtemplate_4

Yokotakuhatsublogtemplat_2 1878年にミンドン王が亡くなられ、後を継いだのはティーボー王でした。ティーボー王は幼い頃から仏教のことを勉強しKobo2hitoyokoblogtempl_2ていた僧侶のような人物です。ティーボー王は、亡くなった父 親に恩返ししたいと考えていたようです。自分だけでなく、父親にも功徳を施してほしいと思い、父親が実際に使っていた建物を僧侶たちが修行できるような僧院として寄付しました。そのおかげで植民地になるNiblogtemplate 前から、その建物が王宮の外に移動されましたので、戦争中に焼ることなく、今日まで残っています。Sanblogtemplate_2

当時、建物を一旦分解して外へ移動したようでした。又、組 み建て直し、僧院として使っていました。僧院としての新たな名前が付けられました。それは、「シュエナンドー僧院=黄金の王宮の僧院」という名前でBayarzinblogtemplate_2す。建物には階段が付いている4つの入口があり、全体は仏陀の550種の物語を表す彫 刻などできれいに飾られていました。ミンドン王が住んでいた時は、彫刻の上に漆を塗り、Bosantochoukokutateblog_2その上に金箔で貼られて輝いていました。今では、黄金で輝いているわけではありませんが、天井や柱などの上部の金箔は未だに残っています。それでも、建物が少しずつ傷んでき ましたので、15年頃前からGaiginblogtemplate_2国の大事な文化遺産として保存・修復されるようになりました。
ミャンマーは、昔からチーク材などがたくさん採れ、王朝時代 に造られた殆どの建物などが(昔の日本とほぼ同じ)木造で出来たものが多かったようです。ただ、木造の文化遺産が、だんだん少なくなってきている今では、この建物はミャンマーの木造文化を代表する建物として輝いています。国内外の観光客がマンダレーの観光の際に必ず訪れるハイライトです。 皆様も是非訪れてみてくださいね。

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