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2011年9月22日 (木)

バガンを夢見たモンユワの王様

Bgnblogtemplate ミンガラバー!
11世紀頃、バガン王朝と同時に、全国には少数民族の王様や、リーダーたちが多数いました。そのような中、バガン王朝は仏教を国教にし、たくさんのパゴダを造り始めていました(⇛詳しくはこちら…)。
0blogtemplate当時、このモンユワ周辺を治めた王様は、バガンとは友好関係にあり、バガン王国を訪れたことがあったようです。バガン王国では、至るところに、パゴダが建てられていたので、“どこに指さしても、そこには必ず1つのパゴダがあDokutsublogtemplateる…”と言えるほど、無数のパゴダがありました(今でも、そうですが…)。モンユワの王様は、そButsuzohekigablogの風景を見て、仏教をもっと信心深く、信仰するようになり、バガン王国のようにたくさんのパゴダを造りたかったようです。また、自分が造ったパゴダは長い間、壊されずにずっと存在してほしいので、造る材料や場所にこだわり、ずっと敵地を探していたと言います。

ちょうど、モンユワの奥地にポーウィン山を見つけ、岩山に仏像を祀るため、様々なサイMorinonakablogtemplateHekiga1blogtemplateの洞窟を造らせました。麓から参道を登っていくと、山の岩肌に大きく造られた洞窟もあ れば、小規模の洞窟もあり、どれにも仏像が祀られています。当時、その数がどれぐらいであったか、はっきり分かっていませんが、現在でも500以上もあるそうです。どの洞窟にも仏像が安置されていますが、その中で修行して、生活している僧侶もいます。
造られて200年ぐらい経った後、誰にも知られずに、森に埋もれた時代もありました。14世紀頃になると、周囲の人々に発見され、当時の仏教徒たち によって、修復されました。当Tateblog時の人々たちのおかげで仏陀の由来や物語を表す鮮やかな壁画が、今でもきれいに見られます(壁画の殆どは14~16世紀頃のものだと、考えられて います)。

≪お知らせ≫
10月3日(月)~10月7日(金)まで、日本アセアンセンターにて「ミャンマー・つれづれ」写真展が開催されます。お時間は、09:30~17:30までです。平日ですが、お時間のある方は、寄ってみてはいかがでしょうか。

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