私のカルチャーショック~Ⅰ
ミンガラバー!
日本で暮らす外国人がしばしばカルチャーショックを受けた話をするのをテレビ番組などでよく見かけます。番組では色々な国の外国人が登場し、彼らが体験したことを話し合っていますが、私自身も共感することがよくあります。
西欧の先進国からの人たちは、日本独特の文化にカルチャーショックを受ける方が多いと思いますが、ミャンマー人の私は母国とは異なる日常生活の細かなところに驚きと違和感を感じてしまったりします。このブログでは私が感じたそれらを少しずつ紹介していきたいと思います。
初めての来日の日(2007年4月2日)!。到着した成田国際空港はとても大きくて、でも静かで、どの人でも迷わないように分かりやすい標識が至る所にあり、それを見て驚いてしまいました。入国検査を無事に通れるかどうかを気にしながらも、長い通路を歩きながら親切な標識に安心したものです。 当時、母国(ミャンマー)では空港や駅などにはそのような案内板は殆どなく(現在は、少しずつ増えるようになりました)、行先が分からなくなり戸惑った時には隣にいる人に聞くのが普通でした。それは、知らない人でも声をかければ、誰でも答えてくれるからです。そのような環境に生きるミャンマー人は地図も苦手ですが、知らない場所でも住所さえあれば心配なく行けます。
日本にいると、便利な案内板や標識が色々な所に設置してあり、地図があれば、誰に聞かなくても自分で動けることに慣れました。でも、地図に苦手ながらも知らない人に聞いてコンミューニケションをとる母国の風習を懐かしく思う時もあります。
空港だけでなく、駅などにも標識が多く設置してある「日本の人に対する親切さ」そのものを色々な場面で経験しています。電車や駅でのアナウンスや標識の多さも親切や思いやりに通ずる日本の生活習慣なのかもしれません。地下鉄内でのアナウンスで停車駅を連呼するのはやめてほしいと思った時もありましたが、最近それが気にならなくなった自分に驚いています。
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