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2010年8月

2010年8月30日 (月)

モワサックのサンピエール修道院付属教会、その3(フランス)

モワサックのサンピエール修道院

モワサックのサンピエール修道院付属教会は、革命の後国に売られました。
トゥルーズとボルドーの間に鉄道を通すことになった時、その線の上にあったモワサックの修道院は取り壊しが決まったそうです。
しかし、その工事に待ったをかけ、今では「フランスで一番美しいロマネスクの回廊」と愛される修道院の回廊を守ったのは地元の人々であったといいます。

鉄道の線路はほんの少しルートを変えました。
元修道院の建物の大半は取り壊されましたが、美しい回廊は破壊を免れ12世紀の傑作を今に残しました。
すぐ脇を線路が走っているため、常に「静寂」が満たしているわけではないのですが、扉口とは異なるやわらかな存在感が好きです。

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2010年8月27日 (金)

モワサックのサンピエール修道院付属教会、その2(フランス)

モワサックのサンピエール修道院

モワサックのサン・ピエール修道院付属教会の入り口の魅力は、この壮麗なタンパンのみにとどまりません。
タンパンを取り囲むポーチには、聖母マリアへの受胎告知(これはポーチ外側)、三賢者の訪問やエジプト逃避、さらには吝嗇や淫乱のシンボルが、リアルというよりはおどろおどろしく描かれています。
そして、教会の南に面している扉口を明るい光の中で見上げた訪問者を、光と闇の狭間で迎えるのが、「憂いのエレミア」と呼ばれる預言者エレミアの彫刻です。

等身大よりはすこし小さいのですが、入り口を外側から見るとライオン6頭が重なる柱に、預言者エレミアと聖パウロの痩身が刻まれているのです。

独特の身をくねらせたような立ち方が特徴的です。

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2010年8月25日 (水)

モワサックのサン・ピエール修道院付属教会、その1(フランス)

モワサック、サンピエール修道院付属教会

「モワサックの扉口を見なかった者は、何も見なかったと同じである。」
そんな言葉が交わされるほど、緻密でダイナミック、繊細でリズミカルな扉口の彫刻が特徴的な、フランスラングドック地方のモワサック、サン・ピエール修道院付属教会。

小説「薔薇の名前」にも登場するそのタンパンをご紹介しましょう。
黙示録の、「御座の中央と御座の周囲とに4つの活物ありて」というくだりそのままのストーリーではありますが、エーコが数ページに渡って記述しているように、躍動感溢れる人物や生物が所狭しと掘り込まれています。

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2010年8月23日 (月)

旅のお供に:ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』

ロマネスク好きの方ならご存じの方が多いでしょう
ショーン・コネリーの主演で映画化もしていますので。
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』。

難解な文章、しばしば挿入される主人公アドソの独白…
時間をかけてゆっくり読みたい本です。
個人的には風景や情景の描写に惹かれました。

中でも、物語の舞台である修道院の教会扉口の詳細な紹介は圧巻です!
作者も明かしているように、そのモデルはフランスモワサックのサン・ピエール修道院付属教会のそれ。
(映画版はこれにさらにオータンのサン・ラザール教会のまぐさ石を合成している豪華さ!)

しかし小説を読んでいて頭をよぎる情景は、
南西フランスの陽気な光の元で見たモワサックよりも
イタリアのスーザの谷にあるサクラ・ディ・サンミケーレのそびえる修道院です。

ある秋の雨の日、霧のなかからのっそり現れた巨大な石の固まり、滴る雨、修道士の墓。

設定のリグリアの山は遠く、時代も異なる場所なのですが、纏っていた雰囲気のせいでしょう、同じ謎を掻き立てる気配がサクラ・ディ・サンミケーレにはあった気がします。
(山岸)

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2010年8月20日 (金)

バカンスの蝉(フランス)

プロヴァンスのセミ

フランスの、取り分けプロヴァンスから南西部あたりを旅していると、日本ではなかなか見かけないものがお土産になっていることに驚きます。
土産屋の壁一面に、蝉、蝉、蝉。
カラフルな色彩で、マグネットから壁飾り、ブローチまで。時には紐を引くとミンミン・ジージー鳴きだすものまで実に様々です。

実はフランスの中北部には蝉がいないそうで、楽しい夏のバカンスに、南仏の陽気な太陽の下で過ごしている実感を与えてくれるものの一つが、蝉なのだそうです。

日本でも、夏休みの象徴といえば象徴ですが、なかなか歓迎をされている感じはしません。
ともあれ、南西フランスを訪れる際には(夏でなくても)蝉の姿を探してみてはいかがでしょう?
(山岸)

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2010年8月18日 (水)

3人のサント・ドミンゴ、3人目(スペイン)

トゥールーズのジャコバン修道院3人目の聖ドミンゴは、今回ご紹介するなかでは一番「若く」そして、スペインに限らずいろいろな国を旅していて耳にする聖ドミンゴです。
彼は、ドミニク会修道会(または説教者兄弟会)の設立者であり、今も現役の修道会は日本においても、その活動を辿っていくことが出来ます。

1171年、シロスの聖ドミンゴの死後およそ100年後、同じくブルゴス近郊のカレルエガで生まれたグスマンの息子は、母親によって、近郊の著名なシロスのドミンゴにあやかって、ドミンゴの名前を与えられたといわれています。

長じて彼はフランスのトゥールーズで修道院を創設します。
最初の修道院はジャコバン修道院。椰子の木のように伸びる柱が特徴的です。

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2010年8月16日 (月)

3人のサント・ドミンゴ、2人目(スペイン)

サント・ドミンゴデ・シロス

北スペインの旅で、「サント・ドミンゴ」と言った時に、
恐らく、ろま部員の頭をよぎるのは、ツアーでグレゴリオ聖歌を聴きに行っている
サント・ドミンゴ・デシロスの修道院ではないかと思う。
シロスのサント・ドミンゴ。
彼が尽力し復興させ、特に写本や文献の収集で中世名を馳せた、サント・ドミンゴ・デ・シロスの修道院、そしてその周りにわずかながらの集落が広がるブルゴス近郊の小さな村。

彼が生まれた年ははっきりしませんが、なくなったのは1073年といわれています。
彼の遺体は、もともと彼のお墓があった回廊から今は教会に移されています。
ブルゴスから車で1時間強の、回りは牧草と険しい石灰岩質の山場という厳しい土地に、ひっそりと佇む修道院は、11~12世紀の黎明期と、16世紀の繁栄を今に伝えながら、何より、現役の修道院という堂々とした風格を漂わせています。

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2010年8月13日 (金)

3人のサント・ドミンゴ(スペイン)

サント・ドミンゴ・デ・カルサーダ

最近の子供の名前は読みにくい、という言葉をよく耳にします。しかし、キリスト教や神話の人物、既存の単語から子供の名前を選ぶことが多い国では、そんな心配は少ない気がします。
逆に、同じ名前で読みが違ったり、同じ名前の人が何人も繋がったりはしますけれども。(例えばブルボンのルイ○世なんて、区別がつかなく、もう大変!)

さて、スペインのブルゴス近郊では、「聖ドミンゴ」の名前を持つ町がいくつかあります。
グレゴリオ聖歌で有名な修道院がある、サント・ドミンゴ・デ・シロス、
にわとり伝説のサント・ドミンゴ・デ・カルサーダなど。
このサント・ドミンゴはそれぞれ別人、これに、さらにドミニク会修道会を築いた聖・ドミニクが加わるので、このあたりを旅するときは、どのドミニクさんのお話なのか、聞き分けるのが大変だったりします。

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2010年8月11日 (水)

続・シャコベオ君(スペイン)

サンティアゴ土産、シャコベオ君ピンバッジ

前回の記事でシャコベオ君を紹介しましたが、肝心のシャコベオ君の映りがとっても小さかったので別のものをもう一枚掲載したいと思います。

2010年印付きのシャコベオ君です。
ピンバッジになっています。
杖に大きなホタテを持っていますが、このあたりのデザインは聖年ごとにちょっとずつ変わっている様子です。

目の大きさ(シャコベオ君を見慣れていないとどこが目なのかもよく分からない様子ですが)もその時々で変わっていて面白い。

ガリシアに出掛けることがありましたら、見かけたシャコベオ君がいつのかなー、なんて観察するのも楽しそうです。

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2010年8月 9日 (月)

シャコベオ君(スペイン)

シャコベオ君付き水場

XACOBEO(シャコベオ・ハコベオ)。
聖ヤコブ年のマスコットキャラクターで、1993年の大祭年の年に発表されました。
年ごとに顔やデザインがちょっとずつ変わり、1999年、2004年とその聖年の年号も入っていたりするのでコレクターにはたまりません。
写真は1999年のシャコベオ君。

彼は巡礼者の格好をしている(時に自転車に乗っている)青いウサギのようなキャラクターですが、「巡礼者」を象徴しているのだそう。
所によってはピンク色のもいるとかいないとか…
ガリシアに入ったあたりから、少し気をつけて巡礼路を歩いていると、あちらこちらで彼の看板を見かけます。
サンティアゴまであと50km水場にちょこんとくっついていたり、他の巡礼シンボルと共にモハンを賑やかしたり…おお、こんなところにもいた!と、なんだか見つけると嬉しくなります。

サンティアゴ・デ・コンポステラやセブレイロ峠あたりの土産物屋を覗くと、
ピンバッジからマグネット、ジッポーライターなどなど様々な商品が売られています。
ホタテやひょうたんといった巡礼グッズとあわせて、こういう「ゆるきゃら」ものがお好きな方は、ちょっとご覧になってみてはいかがでしょうか。
(山岸)

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2010年8月 6日 (金)

2010年の内にサンティアゴへ!?(スペイン)

セゴビアノアルカサル

2010年は7月25日が日曜日にあたり、この年サンティアゴ・デ・コンポステラを訪れた人は全ての罪が許される聖年に指定されています。

そんな2010年にサンティアゴを訪れるラストチャンス、というわけではないのですが、
このほど「聖年末」特別企画を発表いたしました。

12月25日からの8日間ですので、なかなか長いコースは参加できなかったり、平日にたくさんお休みが取れない方にお勧めです。

また、サンティアゴだけではなく、巡礼路の中で、再訪の巡礼者に特に人気が高い銀の道沿いのサラマンカや、白雪姫のお城のモデルになったセゴビアのアルカサルも訪問します!

時期を変えてもう一度聖地に行こうという方も、ぜひ一度ご覧ください。
↓↓詳細はこちら↓↓
12/25(土)限定企画 【聖年末特別企画】銀の道から巡礼の道へ 8日間

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2010年8月 4日 (水)

思い出の味:ナティージャ・コン・ビスコッチョ

前回の記事で、北スペインのクッキーが佐賀や長崎のぼうろに似ている…と紹介しましたが、
本州出身者の多い「ろま部」では、ボーロと言えば子供のころ食べた卵ボーロ…
なかなか共感が得られなかったので、みんなで文●堂のカステラぼうろを試食してみました。

果たして検証の結果は…ナティージャ・コン・ビスコッチョ

こういうお菓子食べた事ある…もぐもぐ
懐かしい味…もぐもぐもぐ
あのクッキーに似ているといえば、似てるかな…もぐもぐもぐもぐ
……ご馳走様でした。

うーん、なんともはっきりしない結果に終わってしまいました。

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2010年8月 2日 (月)

サンティアゴ巡礼の旅から帰国しました!(7月山岸・後編)

聖地ルルドのロウソク行列アポストル祭はいかがでしたか?混乱などは?
山岸:王様がおいでになるとのことで、例年以上の混雑と厳しい警備が予想されましたが、存外すんなりメインのミサに参加することができました。
私たちは立ち見でしたが、もっと朝早くから並んで、椅子を確保した方もいらっしゃるようでした。
レストランや商店なども、ミサ終了後の昼頃は結構混んでいましたが、それ以外の時間帯はいつもの日曜日並みという印象でした。
ただ、この日、免罪の門だけは、今年のどのツアーよりも混雑していたようで、お客様の中には4時間並ばれた方もいらしたようです。

フランス側の訪問地はいかがでしたか?。
山岸:聖母の出現で有名なピレネー山麓の聖地ルルドでロウソク行列に参加しました。
上から写真を撮るのではなく、境内でロウソクを買い、知らない人から火を移してもらって一緒に歩きました。
いろいろな国の言葉で語られる祈り、それに唱和する人々、川の様なロウソクの灯。
その中を歩いている間、いろいろなことを考えさせられました。

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