2009年10月29日 (木)

世界の街角一丁目 第3回 ストーンタウン(ザンジバル島、タンザニア)

みなさん、こんにちは。あなたの心と夜を彷徨う、岩間“やっぱりフレディが好き”裕子です。

0001  いろいろな国を旅行するなかで、その目的は人それぞれ。遺跡あり、自然あり、教会、モスク・・・。そんな中で私が好きなのは街を歩く事。長い歴史の上に成り立つ現代の生活。過去と現在が混ざり合うそんな空間は、お得意の妄想を掻き立てる。
世界の街角一丁目、第三回は私の大のお気に入り、アフリカはタンザニアのザンジバル、ストーンタウンに行ってみましょうか。

003  アフリカ東部沿岸から約40キロ、インド洋に浮かぶ島、ザンジバル島。ヨーロッパ人が来るよりももっと昔からインド洋に半年ごとに吹く季節風を利用しダウ船という木造帆船は大海原を自在に往来。アラビア、ペルシャ、インドと東アフリカ海岸の交易が行われていた。いつしか沿岸には居留地が生まれ、新しい共通語、スワヒリ語、スワヒリ文化が成立した。その後、ポルトガル、オマーン、イギリスの支配下に置かれたザンジバル島は、長い歴史の曲折を経て今はタンザニアに属する。

 ザンジバルの街の中心はストーンタウンと呼ばれるアフリカには珍しい石造りの街。一歩街区へ踏み込むと、そこは入り組んだ迷路のようになっており、ところどころ剥がれ落ちた漆喰、歴史を物語る観音開きの扉には幾何学模様の見事な彫刻が施されている。建物や行き交う人々も、アフリ002 カ的、アラブ的、少しヨーロッパ的。そんな色々な要素がこのストーンタウンに独特且つ怪しい雰囲気を醸し出している。その中にジャパニーズ・バー跡があった。1900年~、ここに渡った5~10人以上の日本人女性が「からゆきさん」として生計を立てていたのだ。彼女たちが住んでいたという家は今も残る。今でもアフリカは欧米などと違い遠い国と感じる人も多い。そんなアフリカに100年も前に住んでいた日本人女性がいた事実に驚きと、その時代の日本女性の強さを感じました。(強くならざるを得なかった) 現在は水中翼船や貨物船が行き交う港。でもふと目に入るダウ船は、風に身を任せるようにゆっくり進む。ぼーっと眺めながら、日本がものすごく遠く思えました。
 
 角を曲がるたびに色々なドラマが頭をよぎる。ストーンタウンの街はそんな不思議な街でした。2年前の新聞にザンジバル沖合でシーラカンスを釣り上げる!!の見出し。絶滅したと考えられていた「生きた化石」シーラカンス。ここにも過去と現在を迷ってしまってる人(魚)がいました。(笑)

005 ※ちなみに、ここザンジバル・ストーンタウンはあのイギリスのロックバンド「QUEEN」のボーカル、フレディ・マーキュリーの出生地なんですよ。生家もあり! (岩間)

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