2009年10月 7日 (水)

ベネズエラと大リーグのお話

はじめまして、私もブログ初登場となります、日々坊主頭で世界を駆け巡る、関口“俺の坊主は1万ボルト”洋です。
 秘境チームと呼ばれるだけあって、数多くの秘境を見てきた。野球漬けの学生時代を過ごした私にとっては、各国の野球事情にはついつい興味が湧いてしまう。直接は旅行に関係の無い、そんなそれぞれの国のお国柄といった文化を見てみるのも、私には大変興味深い。その中でも特に感動したのは、ベネズエラのカラカス郊外で見た少年野球だった。
001  サッカー王国ブラジルやアルゼンチンの少年達は、お母さんに大きな家を買う為に、育った村に学校を作るために、そして何よりも少年達に夢を与える為に、一流のサッカー選手を夢見て、裸足でどこでもサッカーをしている。南米では殆どの国でサッカーが一番人気になるのが通例だが、ベネズエラの少年達は大リーガーになって、家族や国を豊にすることを夢見るという。この国は南米で唯一の野球国とも言われている。また、そんな家族愛と祖国愛を考えると胸が熱くなる。

 ベネズエラで見たその光景は、アメリカ大リーグでの活躍を夢見て、道具も満足にそろえられない環境で、木の枝のバットと、布を丸めただけのようなボールで夕焼け時に野球をする少年達だった。そんな時に私の頭に浮かんだのは、ここベネズエラ出身の大エース、ヨハン・サンタナだった。
 大リーグファンにとっては知らない人はいないような大投手で、また今年はメッツVSレッドソックスの試合では両エースのサンタナVS松坂の投手対決も繰り広げられたこともあり、見た人も多いのではないだろうか。勝敗はもちろん松坂と言いたいところだが、メッツのサンタナが勝利した。
 彼はベネズエラの田舎町に生まれ11歳で少年野球チームに入った。父親の古いグロ002 ーブを使い内野手としてプレーをしていたらしい。大左腕投手が内野手と聞いて、気付いた方もいるかもしれなが、彼はグローブを買うことが出来ないので、父親の古い、しかも右利き用のグローブを使って野球を始めたらしい。コーチが実は「サンタナは左利き」ということを知ったのはしばらくしてからのことだったという。左利きの選手がその利き手にグローブをはめて、逆手で内野手としてデビューしていたということに、ベネズエラ人のハングリー精神を痛感させられた。彼も家族にいい家をプレゼントするべく、大リーガーを目指したという。夢の実現の為に逆手で野球をするなんてことを日本の少年達は考えるだろうか・・・もし私がそんな少年だったとしたら、今頃プロ野球選手として活躍していた・・・かもしれない。サンタナが利き手でプレーをするようになってからは、一気に才能を開花させ、夢の大リーガーに!それどころか投手の名誉であるサイヤング賞を2回受賞、今やベネズエラの星になった。

003  日本でも活躍しているカブレラ、ペタジーニ、ラミレスといった選手も実はベネズエラ出身だ。ベネズエラ観光中、あれだけの大自然残る国の中で時折見る野球少年達が、彼らのように大リーグや日本のプロ野球をにぎわす日がまた来るだろう。今や私にとっては身近に感じるようになったベネズエラ人。これからもベネズエラ人選手を応援していきたい!
 

忘れていました、日本ハム優勝おめでとう!特に日本ハムファンではないが一応。本場のアメリカ大リーグでもいよいよ地区優勝チームが出揃う頃で、いよいよリーグ優勝をかけてのディヴィジョンシリーズに移ろうとしている。やはり日本人にとって一番の注目は常にア・リーグ東地区のヤンキースVSレッドソックスでしょう。既にヤンキースの地区優勝は決まったが、これからのプレーオフ(ディヴィジョンシリーズ)で恒例の熾烈な戦いが行われるだろう。これからも野球からは目が話せない・・・ちなみにサンタナ率いるメッツはというと、残念な結果に終わっている・・・。(関口)

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